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2011年3月 5日
[犬の話]レオ
子どもの頃って、何も考えずに動物を拾ったり飼ったりしますよね。
これはその頃の話。
2011年現在とはペット事情も常識も違う頃の話なので、不快になる場面もあるかもしれませんが、ご容赦ください。
実家では、のべ3匹、犬を飼っていました。
初代は由緒正しい血統書付き。北海道犬のタロ。
二代目は押しかけ女房的に居ついたクルミ。
三代目はちょっとした勘違いからもらわれてきたハチ。
そして、このお話はそのどれでもなく、三代目ハチの息子、レオのお話です。
犬の避妊手術が一般的ではなく、危険かつ高額だった時代。
クルミもハチも何度か出産し、幸い子犬の数が多くなかったので、全員よそのお宅へもらわれていったのですが、レオもそういう子犬の一匹でした。
私は子犬の目が開いてハイハイするようになると、親犬と一緒に散歩に連れ出すのが常でした。
晴れて暖かい日の、日差しの弱い朝限定で、公園の芝生に放します。
公園といっても半分山なので、親犬であるハチは人も犬も来ない山の中に突入して思う存分遊びます。
子犬が心配になると戻ってきてちょっと世話をして、また遊びにいく、という具合。
子犬は芝生で草のにおいをかいだり、お日様で温まってうとうとしたり。
子犬には少し迷惑だったでしょうが、私とハチには実に都合のいい散歩だったのでした。
そんなある日のこと。
連れ出し始めて2~3日、まだハイハイがやっとの子犬を三匹、上着にくるんで歩いていると、近所のおじいさんに呼び止められました。
突然だけど、子犬を一匹もらえないだろうか、と。
そこの、他の子よりちょっと黒っぽい子犬がどうしても欲しい。
少し前に見かけてから本当に気になってしょうがなくって。
どうしてもその子じゃないとダメなんです。今すぐでもいいんだけど、準備が出来次第でいいから、そしたらすぐその子をください。
田舎のご近所のこと、顔も家も知っている人だったので、子犬を譲る分には全く問題がありません。
「まだ離乳もしていないんです。一人で食事が出来るようになったら、必ず連れて行きます。1ヶ月ほど待ってください。」と話をして、その場は別れました。
その後、散歩で通りかかるたびにその子犬を見に来て、かわいい、かわいいと連発するので、子犬は約束よりちょっとだけ早めに、そのお宅へ行くことになりました。
そして、強い犬になるようにと『レオ』と名づけられ、老夫婦に溺愛されて、すくすく育ちました。
最初は心配してよく様子を見に行ったのですが、レオはとても愛されていて、落ち着いて暮らしており、私も勉強が忙しい年齢になったせいでいつしか足が遠のいて、すっかり交流も途絶えました。
そのまま行けば思い出すことも無かったかもしれません。
数年後、事件は突然起きました。
ある晩秋のこと。
おじいさんはいつものように、里山へキノコを探しにいきました。
よく晴れた日で、いつも行っている慣れた里山、いつものコースのいつもの散歩。
慣れがおじいさんの判断を狂わせました。
あとほんの少しだけのつもりが、一瞬といって良いほどの素早さで落ちる日、ガクっと下がる気温。
日が落ちた後の里山は、驚くほど濃い闇の世界に変わります。
あっという間に道を見失いました。
寒さと焦りで体力も気力もガクガクと減ります。
とうに道を外れてしまっているため、下草や潅木で思うように動けません。
一度「もう動けない、だめかもしれない」と思ってしまうと、もうそこで心が折れて本当に動けなくなり、おじいさんはうずくまってしまいました。
この時、おじいさんのお宅では、すでに大騒ぎが起きていました。
実はおじいさんは、脳卒中の後遺症で半身にすこしだけ麻痺が残っていました。
毎日の散歩はリハビリを兼ねていて、レオはその護衛がわりでもあったのです。
そんな状態の人間が日が落ちても山から帰ってこないとなると、当然最悪の事態まで予想します。
奥さん一人の手に負えるはずもなく、普段離れて暮らしている息子さんに戻ってもらって、捜索願を出そうかどうしようか、ギリギリの家族会議がされていました。
すぐに捜索願を出さなかったのは、まだ深夜ではなかったことと、側にレオがいるはずだから簡単に事故に遭うとも思えない、という理由だったそうです。
闇の中に絶望してうずくまっていると、すぐ先に、白いものがふわふわしているのが見えました。
おじいさんを呼ぶようにふわふわ揺れます。
不思議に思って近寄ると、それはレオの尻尾でした。
おじいさんが近づくと、また少し先へ行ってふわふわ揺れます。
それはおじいさんが歩き切れる程度の短い距離を、様子を見るように少しずつ移動します。
おじいさんはレオを追いかけて行きました。
とにかくレオのところまで。それだけを考えて尻尾を追いかけていきます。
どれだけ歩いたでしょう。
突然ぽっかりと舗装された道路に出ました。
よく見れば、いつも通る道。
家への帰り道です。
ここまでくれば後はもう迷うはずもありません。
必死で自宅に帰りつきました。
ご家族はいままさに捜索願いの電話をしようとしていたところ。
無事の帰宅をたいそう喜び、息子さんはレオにきちんとお礼を言ったとか。
普段は遅くても6時過ぎには戻る予定が、この時点で夜10時。4時間以上も山で迷っていたわけです。
朝には霜が降りるような時期、そのまま遭難でも全くおかしくないケースでした。
私がこの事件を聞いたのは、それから数日後のことです。
息子さんの奥さん、つまりお嫁さん側からと、おじいさん本人からも直接聞きました。
その時おじいさんは、こんな言い方をしました。
レオがいなかったらあのまま死んでいたと思う。
レオを譲ってくれてありがとう。俺の勘に間違いはなかった。ひと目見た瞬間からこの子だって思ったんだ。
この時、レオがもらわれていくきっかけのやり取りで感じた違和感が、初めて全部腑に落ちた感じがしました。理由がわかったような気がしたんです。
確かにレオはこのおじいさんのところへ行くべき犬だった。
そんな縁もあるものなんだなあ、と。
後年、老夫婦が事情でペット不可の家へ引越しした時、息子さんが「親父の命を助けてくれた犬だから」と引き取ってくれて、そこで大切にされていたそうです。
レオにはもう二つほどエピソードがあるのですが、それはまた別の機会に。
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