【ネタバレ注意】小説「壊れたかあさまの家」を読んで映画「コンスタンティン」を思い出すこと

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※注意:小説も映画も、最初から最後までネタバレです。

郷内心瞳先生の「壊れたかあさまの家」がやっと完結しました。「陰」と「陽」でいわゆる上下巻セット、です。シリーズの最後にふさわしい、実話怪談とは思えないボリュームのお話でした。

「拝み屋怪談」は、いつもは主題に沿っている、けれども別々の話をランダムに積み重ねて行くのですが、これは全部が繋がっています。

インターバル的に挟まっているエピソードも、全て。解決までにかかった期間も中身のボリュームも、「実話怪談」の中ではトップクラスだと思います。

これに並ぶのは稲川淳二氏が発端の「生き人形」ぐらいではないでしょうか。「新耳袋」は量はものすごいですけれど、話は小粒なので…。

さてこの話、実は前段があります。「花嫁の家」という、郷内先生の2作目のお話なのですが、これいま絶版で、とんでもない高値で取引されてます。

電子版で読めばいいんですけど、怪談って紙で読みたくて…。

今作でその「花嫁の家」の話も出てきます。そして、一応の解決を見ます。

そう、「一応」です。完全解決には至っていません。他害しない、という意味では解決であり、落ち着いているんですけどね。

実は郷内先生の作り出した「タルパ(イマジナリーフレンド)」と融合しちゃったんですよ。

今回も出てきた変な仕掛けにとらわれて、先生自ら手にかけてしまった、と、自暴自棄になった、あの加奈江さんが復活し、そして先生を助けるために奮闘したんです。

すごい話ですよね…。

そういえば、その「変な仕掛け」の制作主らしい人たちも出てきます。すでに故人となってしまったので、危険な仕掛けが今後増えることはないでしょう。

ただ、個人的にその仕掛けの主である老姉妹のやり方が、ある呪術に似てるような気がするんですよね。

四国の方の、割と有名な呪術の流派のものに。雑誌の特集で読んだだけなので、気のせいだと思うんですけど。

元がある、ということは、他にもやるアホウが居る可能性がある、ということで、なんかヒンヤリします。

で、これがなんで『コンスタンティン』につながるか、ということなんですけども。

ザックリおさらいすると、『コンスタンティン』はキアヌ・リーブス主演のエクソシストのお話です。

天使や悪魔を見分ける能力を持ったエクソシスト、コンスタンティンが、魔王の息子の顕現を阻む、というのがザックリしたあらすじです。

コンスタンティンは、子どもの頃からあまりにも人外の諸々を見たせいで、若い頃に一度自殺未遂をします。

キリスト教で自殺は大罪で、地獄堕ち決定だそうです。

で、彼はそれに抗いたくて悪魔祓いで貢献しているのですが、肺がんで余命宣告を受けた上に、神の御使いである「ガブリエル」から「自業自得。それに自己犠牲がない」と言われてスルーされてしまいます。

(ティルダ・スウィントンさんのガブリエル様が人外すぎるので、ぜひ映画見てもらいたい…!ネタバレしまくっといてアレだけど)

そんな中、魔王の息子が顕現しようと迫ってくるのですが、すべての手が尽き、どうしようもなくなったコンスタンティンが取った手段が「自殺」でした。

彼の魂に執着している魔王を呼び寄せ、望み通り地獄に堕ちるかわりに、魔王の息子の帰還と、息子復活の余波で自殺し、地獄におちた友人の妹の魂を天国に送ることを頼むのです。

魔王は意気揚々と彼を地獄に連れて行こうとしますが、この一連の行為が「自己犠牲」と判断され、「神」の恩寵により、連れて行くことができなくなりました。

魔王はあえて癌を取り払い、傷を治し、「生きてまた罪を重ねて地獄に来い」と、コンスタンティンを生き返らせるのです。

で、ワタシ的にこのあらすじが、「花嫁」に関わってしまった郷内先生の立場によく似ているような気がしたのです。

郷内先生、実は癌を患っていたそうです。

前々から「背中に激痛が走る」という描写がありましたが、それが癌だったと。

ところが、「壊れたかあさまの家」の一連の事件が終わった後、精密検査をしたところ、癌ではなく難病との診断が降りました。

いずれ厳しい状態には違いないのですが、治る可能性と、時間の猶予をもらったわけです。

霊能者の方が癌で亡くなるのは、実はよくあることだそうです。

高齢化社会の現在は2人にひとりがかかるそうなので、職業関係ないっちゃないんですけど、霊能者の方が道を踏み外したり、手に余る存在の影響を受けた結果癌になる、ということがまことしやかに言われています。

「壊れたかあさまの家」で、郷内先生は途中で自分の分だけ解決をして、そこで手を引くこともできました。

実際、依頼者(故人となった方が別の霊能者を通じて依頼)も、「キリのいいところで手を引いて」と言っていました。

それを、最後まで戦ったのは、私には「自己犠牲」に見えました。

勝算あってのことですが、堕ちた神と言っても差し支えない恐ろしい存在に「関わっちゃって、放って置けないから」という理由で対峙するのは、自己犠牲以外の何物でもない気がするんですよね。

エピソードでやっとわかるのですが、戦っている最中、がっつりお不動様の御加護も発生していました。

修行やその結果の真言の行使ゆえではなく、願いと心意気だけで仏を動かしたんです。すごい。

そして、やりきった結果の「難病」診断です。仏様からのご褒美でも不思議じゃないですよね。

コンスタンティンはフィクションですが、郷内先生の存在と、先生の難病は本物です。

怪談会の時にそういう病気である、と伺いました。まさかこんなヤバイ事情とは、その時は知る由もありませんでしたが。

話は飛びますが、かつてトッキュウジャーという戦隊モノが大好きでした。

その理由が「勝利のイマジネーション」だったんです。心で、想像力の強さで上回ったものが、奇跡を起こせる。

心霊の世界も、実は似たような傾向があります。

思いの強さが力になる。自分を信じ、強い心で願いを固定させえた方が、勝つ。

郷内先生と、参加した霊能者の方々がとんでもない存在に勝てたのは、まさにこの心の強さゆえ、だったと思うのです。

個人個人の強さもさることながら、皆で補い合ったからこその強さ。すごかったです。

作中に、この騒動の元凶となり、自らの願いで敵を複数死なせてしまった方が出てきます。

話をすべて是とするなら、敵だけでなく、無辜の人たちもだいぶ亡くなっています。原因が「呪い」でなければ大量殺人です。

彼女は子どもで、ただ、元の生活に戻りたかっただけで、たまたま実体のある「神頼み」が実現してしまったのが、すべての原因でした。

もしかしたら、たまたまではなく、最初から取り憑く相手として狙われたのではないか、と思っているのですが、影響がとんでもなさすぎて、同情も擁護もしたくないです。

孤独とはこれほどの闇を呼び込むのかと、恐ろしくなりました。

目の前に同じ存在が出てきたら、私も同じ道をたどるのかもしれませんが…。

実話怪談をエンタメに近い形で小説に仕立てる技術は、今の所、郷内先生が一番だと思っています。

ファンとしては、まだまだ色んなお話を読みたいです。

「壊れたかあさまの家」の一番最後の決意のとおり、全てが解決する日が、きっと来ると思っています。

その日まで、がんばって欲しいです。

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